1996年 進化するコンピューター関連技術によるデジタルAVの時代へ 福岡にできた地域住民と共生する施設

(二〇世紀のデザインあれこれ 117)

 この年の明るいニュースは国連で核実験全面禁止条約が採択されたことであった。
 1996年から25年も経った先日、アメリカから驚くべきニュースが飛び込んできた。この年発売された任天堂のゲームソフト「スーパーマリオ64」がアメリカのオークションで1億7200万円という巨額で落札されたという。この種のゲームに無知である私には冗談か、とすぐには理解できなかった。
 テーマの違いから前年に書きそびれたのだが、前年末の1995年11月23日にマイクロソフトから「Windows95」というオペレーティングシステム(OS)が発売され、多くの人が長蛇の列をつくるという現象が起こる。待ち望んでいた人にとっては一刻でも早く手に入れたいというのは自然なことなのだろう。
 いずれにしても1996年はパソコンとの距離がより近くなったこと、と同時にコンピューターとその関連技術が社会を変えることになった年でもある。
 そんな年を象徴するかのような遊具が、街中で、特に女の子の間で大流行する。バンダイという玩具メーカーが売り出した「たまごっち」という卵型をした小さな遊具がブームを巻き起こすのだが、まさにデジタルAV時代ならではの遊び道具であった。同時に冒頭のソフト「スーパーマリオ64」のために64ビットの超高速CPUと3Dスティックを備えたファミリーコンピューター(ファミコン)「NINTENDO64」が任天堂から発売されゲームソフトだけではなくゲーム機のデザインも注目された。これまでゲーム機のデザインはおもちゃ扱いでデザイン界ではあまり注目されなかったが、二年前にソニー・インタラクティブエンタテインメントが出した「プレイステーション」はいかにもソニーらしいモダン・デザインで話題を呼んだ。
 「Windows95」が発売され家庭にパソコンが普及しはじめると、デジタルカメラにも変化が現れた。カシオのデジカメ「QV-10」は液晶パネルを搭載し撮影した画面をその場で確認でき、その画面をパソコンに取り込むことができるという画期的な製品であった。また、ビデオムービーもその概念を変えて注目されたのがビクターの「GR-DV1」である。明確なデザイン・コンセプト「携帯性」、「機能性」、「シンプルな操作性」をあげてデジタルならではの取り組みによるデザインが評価され、特に利き目、利き手を選ばないコンパクトな縦型ボディは大ヒット商品となった。
 テレビも変わる。ソニーから水平・垂直の両方向にフラットな画面の「スーパーフラット・トリニトロン」の平坦な画面のテレビが発売される一方、シャープは液晶モニターを使った本格的なテレビ「LC-104TV1」を前年に発売し、薄型テレビの嚆矢となる。他にもこの時期、注目された機器としてカーナビがあった。富士通テンやアルパインの小型で高機能化されたカーナビゲーションシステムはパソコン以上のパフォーマンスを見せた。
 ここまではデジタルAV時代に注目されたデザインの機器を取り上げてきたが、これだけではなく他にもこの時期に取り上げるべき機器があったことを付記しておく。加えて、カーナビの情報やゲームソフトではそのパフォーマンス、PCではウエブデザインがなにより重要で、これにはコンピュータグラフィックス(CG)による技術でデザインされたことは言うまでもない。
 話をこの年建設された建築の話に移すと、日本のモノづくりやそのデザインの情報発信に大きな貢献をしたのが東京国際展示場(通称、東京ビッグサイト)である。晴海にあった東京国際見本市会場が生まれ変わって開場したものだが、展示場の総面積が11.5万㎡、東京ドームの2.5個分相当した。
 世界の中ではまだまだ大きなものもあったが、日本だけではなく世界にモノとそのデザイン情報を発信する日本最大のコンベンションセンターとして開設した。なかでも会議棟の巨大である角度から見ると逆四角錘のような造形は遠くからもよく見え、最寄り駅からの目印の役割を果たしていた。
 一方、このころ地方都市の福岡・博多の街にもユニークな複合施設が二つもほぼ同時に誕生した。一つは建物の片面から上に向かって傾斜された山(緑)をつくり、もう一つの方は施設内に運河(水)を取り入れるというもので、申し合わせたように緑と水という対照的な取り合せがそれも博多の繁華街にできたのだから博多っ子は大騒ぎとなった。

 山の方は、天神中央公園に隣接する旧福岡県庁跡地に開業した「アクロス福岡」という官民複合施設である。国際文化交流の拠点として計画されたので、デザインもそれなりのものにすべきとしてコンペが行われ、エミリオ・アンバース①に日本設計と竹中工務店が加わったチームの案に決定し、1995年に竣工した。「アクロス福岡」は敷地の南側の公園から建物のトップへと続くステップガーデンが設けられ、当初76種類3万7000本の木が植えられた素晴らしいグリーン建築をつくりだした。突如博多の街に山が現れたのだが、北側はガラスで覆われ14階建てのオフィスビルのファサードでビジネス街に面した外観として地域の環境に適応させた。デザインしたエミリオ・アンバースは「バーテブラ」という事務用椅子を1976年にデザインしたことで知られるが、それまではMoMAでデザイン史に残る展覧会をいくつも企画した多彩なクリエーターである。
 運河(水)の方は、アクオス福岡からそう遠くない福岡の繁華街・中洲に隣接し、かつて鐘紡の工場跡でゴルフ練習場などになっていた場所に1996年の4月に開業した複合商業施設「キャナルシティ博多」である。
 開業後は博多の観光スポットとして商業施設はもとより二つのホテル、映画館、劇場にビジネス棟までを含めた巨大施設。運河のある中央の広場では「キャナル・サーカス」や噴水ショーなどのエンターテイメントも行われ「都市の劇場」ともいえる施設となると同時に観光客を呼び込む博多の新しい拠点にもなった。デザインしたのはアメリカの建築家ジョン・ジャーディ②で、2003年には大阪の「なんばパークス」をデザインした。
 20年以上前のことになるが、仕事で一年以上にわたり現場近くの旅館に寝泊まりしていた私にとって、竣工後に訪れたときは別世界に来たような錯覚さえ覚えたものである。
 尚、「キャナルシティ博多」はこの年のグッドデザイン賞(建築・環境部門)の特別賞を受賞した。
 前年に「デザインの国際交流は必要だ」と書いたが、福岡にできた二つの施設はどちらも特異な発想であったのは海外の建築家の参加があってのことだろう。また、どちらも地域住民とともにある「共生」という概念によってできた複合施設としてこの時期の特筆すべき建築デザインである。
 最後に、この年のもう一つの記録すべき出来事は、モダン・デザインのシンボルであったバウハウスとその関連遺産群が世界遺産に登録されたことである。
 モダン・デザインが20世紀の終わりにとうとう「遺産」となったのである。

2年前