1976年 「オフィス」が変わりはじめる

(20世紀のデザインあれこれ97)
 情報化時代が忍び寄ってきたこの年。人間が企業などで事務作業を行う「オフィス」という環境がようやく見直されはじめた。
 といっても、ヨーロッパ、それもドイツのことで、日本ではまだその気配すらなかった。
 アメリカだけは別格で、20世紀の初頭から人間が働く場としてオフィス空間はデザインの対象であった。豊かさなのか、いや働く人間の尊厳を重んじるからだろうか、その端緒は1903年に建築界の巨匠・フランク・ロイド・ライトがバッファローに設計・建設された「ラーキンビル」①である。ここでは見事な吹き抜け空間をはじめ仕事の仕方を考慮した新たな家具までもデザインされ、今でいう環境調整(空調)にも配慮。現在でこそ当たり前だが休憩室などの福利施設まで設けられたことは画期的であった。
 さらにライトは、1936年にジョンソン・ワックス社でアートのようなオフィス空間を設計。その空間のためにデザインされたデスクと椅子もまたユニークで、50年後にデザインされていればポスト・モダニズムの寵児としてもてはやされたことだろう②。
 50年代になり、ニューヨークのマンハッタンで近代建築によるオフィスビルが建設されはじめると、家具も建築に見合ったものが要求されモダンなデスクが
製品化された。
 そんななか、50年代末になってドイツではクイックボーナーチームが仕事の仕方から「オフィス・ランドスケープ」というオフィスのレイアウトの在り方を提言し、世界中で注目されるという時期があった。
 そんなことも影響したのか、1964年にハーマンミラー社はジョージ・ネルソンがデザインしたオフィス家具の革命的な「アクション・オフィス」③を発表。世界のデザイン界に衝撃を与えたが、売れなかった。当時のアメリカで一般の人たちが使う家具ではなかったからである。販売面で失敗に終わった1966年に私はネルソン事務所に入所した。そして、より一般的なオフィスのシステムをつくろうと「ブルペン・オフィス」と名付けたシステムをチームで提案したが、製品化されなかった。その後は、ハーマンミラー社ではロバート・プロープストが「アクション・オフィスⅡ」③を、ノール社ではウイリアム・スティーヴンスの木のオフィス・システム、他にスティルケース社などでも家具のシステムがつくられた。さらにハーマンミラーと袂を分かったネルソンが1975年にカナダのストーウォール社のためにデザインした「ワークスペース」はパーツからコンポーネントへというシステムでオフィスをカスタマイズ化できるという注目すべきデザインであった④。
 これらがこの年までのアメリカを中心としたオフィスの概要である⑤。
 翻って日本の60年代からのオフィスといえば、「事務所などをカッコよくする企業はつぶれる」とまで言った経営者もいたほどオフィス環境の質などは日本の
高度成長には邪魔者であった。家具といえばグレーのスティールデスクとビニールレザー張りの回転椅子以外にはなく、一つの例外として、1971年に「アクション・オフィス」に触発された剣持勇がデザインし、天童木工から発売された「GFgroup1」は木製のモダンなものであったが、これもいつの間にか消えた。
 ずいぶん回り道をしたが、このあたりで1976年をオフィス環境の変わり目とした理由について書くことにしよう。

 この年ドイツのケルンで「オルガテヒニーク、Orgatechnik」というオフィスに関わる大きな展示会が開催された。これは1953年からドイツで開催されていたものがこの年一気に拡大し現在まで続く「オルガテック」と名付けられた国際的なイベントとなったもので、以後二年に一度開催された。1976年を契機に「オフィス」という環境が変革をはじめたとする象徴的なイベントである。この背景にはオフィスにパーソナル・コンピューター(PC)をはじめとする情報機器が流入する時代が迫ってきたからである。
 たまたまこの展示会を見る機会に恵まれたのだが、受けた衝撃は言葉にならないぐらい大きなものであった。まず、会場を埋めた人の多さと熱気に圧倒され、展示内容は情報化時代が迫りくる気配に満ち、オフィス家具の新たな機能とデザインに興奮しながら複数の会場を見て回るのに二日を要した。少々疲れて会場を出ると、雲をいただいたケルンの大聖堂が夕日に照らされ時代の変わり目を暗示するかのように輝いていた。
 これまではアメリカの事情しか知らなかった私が、ドイツのオフィス家具の発展ぶりに瞠目。80年代以後、世界の市場で注目を集める事務用椅子をデザイン・製造した「ウイルクハン、Wilkhan」や「ヴィトラ、Vitra」というようなメーカーを知ったのもこの時で、他にも独自の視点で商品開発していた企業も多く、日本との格差を痛感した。
 オフィス家具業界の日本とドイツの異なる点を一言でいえば、企業の経営理念の違いである。日本の企業は売上高重視で、何でもかんでも製品にして電話帳のようなカタログでビジネスを行い、「その厚さが企業スケールだ」などといったバカげた風潮もあった。製品開発もそれなりに行われてはいたが、前年の「CI」⑥などどこ吹く風。カタログの表紙にある企業名を変えればユーザーはどこのカタログかわからない。これには官庁などの入札制度という商慣習の影響もあったが、企業経営の理念がドイツとは全く異なるのだ。
 ドイツには電話帳のようなカタログはない。椅子をつくる企業はデスクをつくらないし、デスクや箱モノをつくる企業は椅子をつくらない。小さな企業であっても商品開発に焦点を絞って持てる力を投入し、他社とは異なるアイデンティティを探っていた。
 二年後の「オルガテック」ではその傾向が顕著で、家具が動き出したのである。
 家具が動き出すとは、情報機器と人間との関係を家具の一部を動かすことでより良いものにしようとしたことで、人間工学の導入である。椅子では座部の上下や背部の角度調節などは当然として、座部を前傾させるというこれまでの概念を覆すようなものまで現れ、ガスシリンダーを3本も内蔵するマシンのような椅子まで登場した。そのためには椅子のつくり方を変えなくてはならず、内部の構造材にはアルミダイキャストを、座や背のカバーにはプラスティックの成形品というものまで現れ、これまでの椅子のつくり方が一変した。デスクでは、ユーザーの体格や作業内容により甲板の高さや角度を自由に変えられることに加え、電源コードなどの処理のためにダクトを内蔵したものが登場した。
 これらの傾向は、オフィスへのPC作業の流入をビジネスチャンスとばかリに家具業界が過剰に反応した結果である。「オフィスごときに金などかけない」という風潮の日本でも、10年ばかり遅れてオフィス家具業界が中心となりオフィス改革が進められた⑦。
 オフィスに変革をもたらしたのは、直接的には情報機器の流入であった。が、根底には脱工業化社会ともいわれ、企業経営に知的生産性が求められる時代を迎えたからである。

①『家具タイムズ』No.744(2014年3月号) の「1903年、ライトがつくりだしたオフィス空間」に詳しいので参照ください。

②拙著『20世紀の椅子たち』84頁〜87参照。

③ このあたりの事情について『家具タイムズ』No.731(2013年2月号)に詳しいので参照ください。

④ 拙稿『家具タイムズ』No.723(2012年6月号)に詳しい。

⑤ アメリカだけではなくイタリアでも、50年代にオリベッティから「スペッチオ」というモダンなデスクが製造されたことも付記しておく。

⑥ CI とは「コーポレート・アイデンティティ」のこと。

8か月前