1960年代中ごろ、世界中を驚かせた 「アクション・オフィス」

(20世紀のデザインあれこれ4)
今月は、先月の「オフィスランドスケープ」に続き、1964年に世界を驚かせたオフィス家具「アクション・オフィス」を紹介します。

 雑誌の名前は忘れたが、「アクション・オフィス」の紹介記事に驚いたのは1965年ごろであったか、と思う。当時はそれをデザインしたジョージ・ネルソン事務所でその後仕事をすることになるなど夢にも思わなかった。
 「アクション・オフィス」といえば、なにかオフィスの種類のように思われるかもしれないが、そうではない。1964年にアメリカ・ハーマンミラー社から発表されたオフィスのシステム家具の名前である。
 ハーマンミラー社では1960年ごろからロバート・プロープスト(Robert Propst)①を中心に行動科学などをもとに「オフィスのあり方」の研究をはじめ、その研究結果をもとにジョージ・ネルソンがデザインし、1964年に発表されたのが「アクション・オフィス」で、そのコンセプトと造形の斬新さは世界中を驚かせた。というのも、先月紹介したクイックボーナーチームによる「オフィスランドスケープ」の提言以後、オフィス空間のあり方が注目され始めたが、肝心のデスクを中心としたオフィス家具には旧態依然としたものしかなかったからである。
 もちろん当時の日本でも同じで、グレーのスティールデスクしかなかった時代だから「アクション・オフィス」が発表されたときの驚きは尋常ではなく、「これがオフィスのデスクなのか」とただただ驚嘆したのを覚えている②。
日本だけではない。アメリカでも、いや世界中でも同様であったようで③、もう半世紀も前のことになる。
 当時のオフィスを取り巻く状況はローコストのコピー機が登場した結果、書類(情報)が増え、オフィスでの課題は「増大する書類の整理と管理」が課題となっていた。今ではその何千倍、何万倍もの情報量を机上の一台のコンピューターが簡単に処理するのだが、そんな桁はずれた機械がなかった頃の話である。
 もう一つ、情報量の増大は、経営学的にはどのように表現すればよいのかわからないが、「ビジネスの高度化」とでもいえる時代に入ったのだ。金融関係のビジネスなどは当然としても、モノを造る企業にとってもオフィスという間接部門の重要度が増し、オフィスを人間の知的生産の場として捉え始めたが、「アクション・オフィス」はこのような時代背景の「申し子」のように、知的生産の場にふさわしい家具として、そのコンセプトと造形デザインは画期的であった。
 その特筆すべき点は多くあるが、最も注目された点はデスク上にファイルビン(ファイルを収納する入れもの)が取り付けられたことである。これは「見ること」と「行動を起こすこと」には直接的な関連があるという考え方から「重要な情報(書類)は常に視野の中に置くべき」とした結果である。当時は、いや現在でもファイル(書類)はデスクの抽斗に収納されているが、これでは活用できないというのである。書類がデスクの抽斗からデスク上に移されたのである。私も、大事なものとして抽斗にしまっておいて、活用もせず、何年後かに偶然見つかることをよく経験するが、「可視性」が情報管理に重要とされた。
 また、仕事の継続性とオフィスの美化という両面を満足させるためにファイルビンをそのままカバーできるパネル状の蓋(あけたときの裏側はピンアップボードにもなる)やあるバージョンでは鎧戸式のデスクカバーでデスク上面を覆い、仕事中のままの状態を鎧戸でカバーすることにより美しい職場環境をつくりだし、あければすぐさま継続した状態から仕事を再開することができるとしている。
 造形デザイン面で画期的であったことは、大きなアルミダイキャストで美しい一本脚の脚部を構成したことである。アルミという素材について、当時の日本ではどのような状況であったかといえば、砂型による十字型のアルミ鋳物を椅子の脚部として利用され始めたころで、大きなアルミダイキャストの脚部などは思考の埒外であった。「アクション・オフィス」の脚部ユニットはコの字型で、奥行きのない収納棚などにはそのままコの字型のユニットを、デスクなど奥行きのあるものにはこのユニットを背中合わせにしてエの字型に構成するのである。
 その他、机上面が高いカウンターデスクの提案など注目すべき点も多く、「アクション・オフィス」は当時のオフィスのあり方を基本から見直し提案されたものであった。
 だが、正直に言うと、「アクション・オフィス」はビジネスとしては成果をあげず、残念ながらそれほどの時を経ず市場から消えることになった。価格が高かったこともあるが、オフィスは一人の人間のための空間ではない。複数の人間が組織として働く場である。そこに新たなシステム家具を導入しようとすると、仕事の仕方から見直さねばない上に、大きな投資が必要で、おもしろい一本の椅子を気まぐれで買うのとはわけが違っていた。家具のように明確な機能上のメリットがないものを組織全体で入れ替えることはよほどの経済的余裕がなければできないこと。コピー機やコンピューターを導入するのとはワケが違う。
 「アクション・オフィス」は市場から消えたが、アルミの脚部ユニットはその後「図書館システム」④などに生かされた。
 このような状況の中、1966年、私がネルソン事務所に在籍していたころ、「アクション・オフィス・ネクスト」となるべきパーティションを含めた新たなシステム(ニュー・ブルペンオフィス)をチームが企画し、私もハーマンミラー社へのプレゼンテーションのためにスケッチを描いたが実現には至らなかった。
 その後ハーマンミラー社ではプロープストを中心により現実的なバージョン「アクション・オフィスⅡ」を出した。
 それから10年余りが経ち、コンピューター時代を迎えると、このバケモノみたいな機器の威力はすさまじく、70年代末からオフィス空間を席巻してデスクを含めたオフィス家具を一変させたが、オフィスでの家具デザインを語るとき、「アクション・オフィス」はその嚆矢としていつまでも語り続けられることだろう。

3年前