「オフィスランドスケープ」が 提唱された頃

(20世紀のデザインあれこれ3)
今月から数回にわたり20世紀のオフィス空間について、その考え方や家具のデザインについて紹介します。一回目は20世紀初頭から1950年代末オフィスのあり方が問われだした頃のことです。

 今でこそオフィス環境の重要性を語っても、反論や不思議な顔する人はいないでしょうが、1960年代初頭の日本でオフィスのデザインを語るなど考えられないことであった。
 その一方で、海外ではオフィスのあり方が注目され、話題となったのは今から半世紀も前の1958年。ドイツのクイックボナー(Quickboner)という経営コンサルタントチームが大胆なオフィスのあり方「オフィスランドスケープ、Office Landscape」という概念を提唱し、注目を集めた。
 このことについては後で詳しく触れることにして、それ以前のオフィス、すなわち20世紀前半のオフィスとその家具にどんなものがあったのか、その代表的なものを記しておこう。
 オフィスという独自の建物が生まれたのはルネッサンス時代にまで遡るとされるが、20世紀に入りアメリカを中心に本格的なオフィスビルの建設がはじまり、それに伴ってオフィス家具も新たなものが誕生した。なんと言っても最初にあげなければならないのは1904年に20世紀の建築家で三大巨匠の一人、フランク・ロイド・ライトがニューヨーク州のバッファローに設計したラーキンビル(Larkin)である。これは空間の特異なことに加え、事務用椅子は素材こそ木を中心としたものであるが、当時としては画期的なデザインで脚部にはキャスターまでついていた。ライトはこれ以後もオフィスビルを設計するたびに事務用椅子もデザインしているが、20世紀初頭では建築を設計すれば椅子までデザインせざるをえなかった事情を物語っている。ライトの究極のオフィスビルは1932年のジョンソンワックスビルで、そこで使われた事務用椅子は本誌の645号で既に紹介したので参照されたい。
 また、この頃(30年代)鋼管による椅子をデザインしたマルセル・ブロイヤーが鋼管によるデスクや事務用椅子をデザインしているが、デスクはワシリーチェア(本誌690号で紹介)を髣髴とさせる。(写真参照)
 ドイツのクイックボナーチームがオフィス空間に革新的な考え方を導入した「オフィスランドスケープ」とはどんなものであったのか。
 当時、欧米のオフィス空間は、仕事の仕方、とりわけマネージャークラスの仕事の仕方に大きく起因していた。彼らは日本とは異なり、個人で判断し、責任をもって仕事をこなすことから個室を持ち、それら個室を中心にオフィス全体は構成されていた。
 だが、これではオフィスでの仕事の仕方や組織の改変に対して効率が悪いという視点から「オフィスランドスケープ」という概念が提唱された。「オフィスランドスケープ」は均質な大空間にデスクなどを組織どおりにレイアウトするのではなく、情報の流れやコミュニケーションの関係から自由にランダムに配置し効率化を図ろうとするものであった。(図参照)そして、一部にプライバシーなどにも考慮して低いパーテーションで仕切ったり、休憩コーナーや和みのために植木などを配置することもあわせて提案された。このような「オフィスランドスケープ」の考え方は、オフィスの新設には均一の大空間さえ造ればよく、後は家具の設置だけで、組織の改変には家具の移動だけで簡易に行えた。ビジネスが社会の変化に対して臨機応変に組織を改変しなければならないとき、家具の移動だけで改変ができる経済性と変化に対応する「フレキシビリティ」がキーワードでもあった。照明も均一なある程度の明るさにしておき、仕事などの情況により個別の照明(タスク・ライティング)で補うという方法で、ランニングコストにおいても低く抑えることができる、とされた。しかし、この「オフィスランドスケープ」の考え方を実現するにはオフィスのシステム家具が必要となり、家具の重要度が増したが、1958年当時はこの考え方に適応する優れたものはなく、60年代になり急増することとなる。
 一方、60年代初頭の日本では、「オフィスランドスケープ」という考え方のみならず、オフィスという環境自体まったく問題にもされなかった。
 というのも、日本のオフィスは誕生時から大部屋にデスクを並べるものであったからで、意味するところはまったく異なるが、「オフィスランドスケープ」のある面を既に実践していたことになる。
 が、1960年ごろは高度成長がスタートした頃、まだまだ貧しい時代でオフィスどころではなかった。関西のカリスマ経営者が言ったとされる「事務所をかっこよくする企業はつぶれる」という言葉はともかく、間接部門に金をかける余裕などなかった、というのが本当のところで、直接部門の生産現場には生産効率を上げるためのオートメーション化など生産技術には金をかけた。
 オフィスでの効率は「がんばります」という働く人の滅私奉公的な習性におんぶされていたのだ。コンピューターなどとは縁がなかった時代のことである。
 それにしても、「がんばろう」、「がんばります」は日本人の好きなフレーズである。
 また、日本ではこのような根性論以外にオフィスでの仕事の仕方に独特の習慣が根付いていたことも大きい。それを一言で言うと「集団主義」とでも言うべきものである。これを象徴的に現しているのがオフィスでのデスク配置に見ることができる。現在でも役所などで多く見られるが、管理職(課長や係長)のデスクの前に部下のデスクを二列に並べる典型的なレイアウトである。日本ではみんなが顔を合わせチームで仕事をするのだ。仕事を離れても夜には親睦と交流と称して「飲み会」まであり、仕事はチームを前提でする方法など欧米ではあまり考えられないことである。日本ではよほどのことでなければ個人が責任をとることもない。
 そんな日本のオフィスが変りはじめたのは、コンピューターの発達とビジネスのあり方が「情報」などにより高度化しはじめた1980年以後のこと。日本経済のバブル現象とがあいまって、オフィスでの仕事が重視され、その環境にも光が当たりだした。
 このことについては次の機会にしよう。

3年前