アルミの椅子をめぐって

(20世紀のデザインあれこれ1)
新シリーズ「二〇世紀のデザインあれこれ」をスタートすることになりました。家具やインテリアに関連したものを中心にしようと考えていますが、より広範囲に20世紀に印象に残ったものを紹介していく予定です。

 椅子の素材を大別すると、木と金属とプラスチックの三つである。木の加工方法では曲木や成型合板、プラスチックではその種類によって、また科学技術の発展からさまざまな製造方法が開発されてきた。金属では鉄による鋼管がバウハウス時代から新たなデザインを生み多用されてきたことはよく知られている。
 金属の中でアルミが20世紀の椅子の中に登場するのは1904年、昨年までの拙稿で紹介したオットー・ワグナーがウイーンの郵便貯金局のスツール①の「とめ金具」として使われたのが最初であるが、これは単にパーツであった。
 アルミが椅子の主要な材料として注目されたのは鋼管から遅れること8年余り。1933年にル・コルビュジェやグロピウスらが審査員となりフランスで開催された「アルミ家具国際コンクール」で、一等に選ばれたマルセル・ブロイヤーの椅子がスイスのエンブル社から製品化されたが、これがモダンデザインの椅子の歴史に残る最初である。この椅子はブロイヤーが鋼管でデザインした椅子と同様にアルミのパイプを椅子のフレームとして使ったもので、軽量ということはあっても鋼管によるものと造形上は変ることはなかった。
 アルミの特質を活かし画期的なアイデアと方法で椅子にしたのはハンス・コレー②の「ランディ、Landi」という椅子である。

 この椅子は1938年にスイスの博覧会(1939)のためのデザインコンペで一等を得て製品化されたもので、アルミをプレスして背と座を一体化し、軽量化に成功した屋内外用の最初の椅子で、肘掛椅子であるのにスタッキングが可能という当時としては画期的な椅子。20世紀の椅子の歴史にとどめるべきものである。しかし、一般にあまり知られていないのは屋内用ではなかった上に現在市場で見られないからであろう。ブロイヤーやコレーの椅子がスイスで造られたのには訳があった。
 アルミはボーキサイトを電気精錬して造られるが、そのために大量の電気エネルギーを必要とし、20世紀初頭には電気エネルギーが比較的安いスイスで多く精錬された。
 「ランディ」が誕生したのは、イームズが1948年にニューヨーク近代美術館でのコンペでアルミの板で三次元の椅子を試みる10年も前のことで、当時は国際的な情報がなかったのであろうか。
 続いて、アルミの板をベニヤ板のように使ったものとして、1942年にリートフェルトが新たな形態を提示した椅子がある。
 アルミの椅子として、初めて大量生産されたのはアメリカで、1940年代ビルの高層化から不燃性と軽量性が要求され、ペンシルべニア州のエメコ(EMECO)社で1944年に造られた「1006」(テンオーシックス)は一般市場に数多く出回った最初のアルミの椅子である。アメリカ海軍でも多用され、現在も同じものが造られている他、あのフィリップ・スタルクにデザインを依頼した最新のモデルもある。
 1950年代になってアルミをダイキャストという製造方法で椅子のフレームにしたのはイームズで、アルミナムグループからタンデムシーティングなどがある。
 ちょっと余談になるが、最近南堀江のある店でサーリネンのチューリップチェアに久しぶりに出会った。チューリップチェアの美しい本体はFRPであるが、同色なのでわからないがあの細い脚部はアルミである。しかし、出会ったのは本物とは似ても似つかないジェネリック品で支柱部分が太く驚くほどぶさいくなもの。こんなものがまかり通りだすと、本物を知らない若い人たちはジェネリック品を本物として見誤ることになる。恐ろしいかぎりである。
 椅子の脚部について言えば、わが国でも1960年ごろから比較的安価な型代で製作可能なことから椅子の脚部としてアルミの十字脚がよく使われた。(日本のアルミや鋼管の椅子についてはおって紹介する予定)
 最近、アルミの椅子ですごいと唸ったのは座や背をダイキャストで造り、アルミという素材を駆使したホルヘ・ペンシ(Jorge Pensi)③のスタッキングができる肘掛け椅子「IRTA」である。ダイキャストという製法には型代という壁があり、日本ではなかなか実現できないが、「IRTA」はアルミの特質と製法を巧みに活かしたモダンデザインの傑作である。
 20世紀に生まれたアルミを使った椅子を簡単に振り返ってみたが、今後はどんな椅子が生まれるのだろうか。興味が尽きない素材である。
①:『家具タイムズ』 648号参照。
②:ハンス・コレー(Hans Coray 1906〜91)は1906年にスイスのチューリッヒで生まれ、チューリッヒ大学でロマンス語を学ぶという経歴からデザインを志し、1930年にデザイナーとして独立。シンプルで機能的なデザインで知られるデザイナー。
③:ホルヘ・ペンシ(Jorge Pensi 1946〜)はアルゼンチンで生まれ、スペインへ渡り、1985年に自らの事務所を開設し、世界中の企業との間でデザイン活動を続けている。

3年前